英語で読む『不思議の国のアリス』第1章 第12回

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次回英文(第13回)
(for, you see, Alice had learnt several things of this sort in her lessons in the school-room, and though this was not a very good opportunity for showing off her knowledge, as there was no one to listen to her, still it was good practice to say it over) 次回に続く

メモ①【発展】【△】 話法

ここでは、ある人の言ったことばを伝達する方法について見ていきます。「話法」という文法用語は耳にしたことがあるかもしれません。

narration (話法) 
他人や自分が言ったことばや考えを、時・場所を変えて他人に伝達する方法をいう。ほかにspeech、discourseなどともいう。他人のことばをそのまま伝える方法を直接話法(direct narration)といい、他人の言ったことの趣旨を自分のことばに置き換えて間接的に伝える方法を間接話法(indirect narration)という。また、直接話法と間接話法の中間的なものとして両者が混合した混合話法(mixed narration)がある。そのうち、被伝達部だけが独立しているものを特に描出話法(represented speech)と呼び、現代の小説・物語などに用いられることが多い。
寺澤芳雄(編) 『英語学要語辞典』 研究社 2002 p.425

では、実際に英文を見てみましょう。(1)では「直接話法」、(2)では「間接話法」が用いられています。

(1) Jeanie said, “I don’t want to meet him.”
(2) Jeanie said that she didn’t want to meet him.
[ウィズダム]

直接話法では、「発言」が「引用符(quotation marks)」で囲まれます。「引用符」として一般に、アメリカ英語では “ ”、イギリス英語では ‘ ’ が用いられます(ただし、書き手による個人差があります)。

今回注目するのは、先ほどの引用でも言及されていた、「直接話法」とも「間接話法」とも異なる「話法」についてです。ひょっとするとこのタイプの話法については、初耳であるという方もいるかもしれません。以下の英文はある学習参考書のものです。

(3) She was confused. She asked him, “What can I do?” [直接話法]
(彼女は混乱していた。彼に「私には何ができるのでしょう」と尋ねた)
(4) She was confused. She asked him what she could do. [間接話法]
(彼女は混乱していた。自分には何ができるのかを彼に尋ねた)
(5) She was confused. What could she do? [描出話法] 
(彼女は混乱していた。自分には何ができるのか、と)
綿貫陽 マーク・ピーターセン 『表現のための実践ロイヤル英文法』 旺文社 2006 p.516 (英文の番号・下線は引用者)

「直接話法」を用いた(3)では発言者である “she” のことばがそのままの形で示されています(=What can I do?)。一方、「間接話法」を用いた(4)では伝達者の立場から変更が加えられています(I → she)。さらに、語順は she could do(主語+述語動詞)となり、asked(過去形)に合わせてcan → couldと過去形に変更されています(=what she could do)。

では、今回のポイントである(5)の特徴を見ていきましょう。(3)、(4)とは異なり、ask(ed)のような広い意味での「伝える・言う」タイプの動詞なしで、疑問文が用いられています。また、(3)とは違って I → she、can → could と変更が加えられています。さらに、(4)とも異なり、could she doと疑問文の語順になっています(=What could she do?)。このような話法は「描出話法」や「自由間接話法」と呼ばれます(以下では「自由間接話法」という用語を用います)。

この「自由間接話法」には、特有の「難しさ」があるのですが、以下でわかりやすく説明されています。

ともに伝達動詞を持つ点では直接話法と間接話法とが近く、それを持たない自由間接話法だけが異質です。その結果として、直接話法も間接話法も、人の言葉を伝えていることがはっきりとわかるのにたいし、自由間接話法は地の文との区別がつきづらい。また、発話された言葉を伝えているのか、発話されなかった内心の言葉を伝えているのかも、自由間接話法の場合は見きわめにくいことがある
地の文なのか自由間接話法なのか、自由間接話法だとして発話なのか内的独白なのか、これを判断するのは丹治愛氏の言葉を借りれば「翻訳者にとって苦しみにみちた義務であるとともに、このうえない楽しみにみちた特権でもある」(集英社文庫『ダロウェイ夫人』の「文庫版あとがき」)。
真野泰 『英語のしくみと訳し方』 研究社 2010 p.193 (下線は引用者)

つまり、文章中のことばが「語り手のことば」なのか、「登場人物の声に出したことば」なのか、あるいは「登場人物の心の中のことば」なのかを、読み手が判別するのが難しい場合があるということです。
では、以上をふまえて『アリス』に戻りましょう。動画では第11回、第12回に当たる部分です(下線は引用者)。

本文:‘Well!’ thought Alice to herself. (中略) (Which was very likely true.) Down, down, down. Would the fall never come to an end? ‘I wonder how many miles I’ve fallen by this time?’ she said aloud.

考えたいのは下線を引いた部分です。この “Would the fall never come to an end?” ですが、「地の文」と取れば、「語り手のことば」となります。一方、ここを「自由間接話法」として取って「アリスのことば」とみることもできるかもしれません。
私(動画製作者)は、Would the fall never come to an end? がアリスの心の中の声(自由間接話法)で、続く ‘I wonder ~’ の部分が実際に出した声であると読みました。それが正しい読みであるのかどうかわかりません(そもそも正誤が決定可能なのかわかりませんが)。

なお、上記引用の最後にある “aloud(声に出して)” には注意すべき使い方があります。

aloud[語法] 
小説などでは登場人物の心の中にある本音と口に出して発言する建前がaloudを用いて対比されることがある: My boss showed me a painting done by his son. I thought, “How terrible!” but aloud I said, “He is a good painter.” 上司に息子の描いた絵を見せられた時、「なんて下手な絵なんだ」と思ったが、口に出した言葉は「絵がお上手なんですね」だった。
[ジーニアス]

最後に、今回問題にした箇所について、2つの翻訳を比較してみます。角川文庫の旧訳(福島訳)と新訳(河合訳)です(下線は引用者)。

下へ――下へ――下へ。いったい、どこまで落ちたら止まるのか。「もう、何キロぐらい落ちてきたかしら?」と、アリスは口に出していいました。 福島正実訳 

ひゅーんと下へ、どこまでも。これって終わりがないのかしら? 「もう何キロぐらい落ちたかしら」とアリスは声に出して言ってみました。 河合祥一郎訳

該当箇所を比較すると、福島訳は、「地の文」として扱っているように読めます。河合訳については、断言はできませんが、アリスのことばとして、つまり「自由間接話法」と取っているように思えます。