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英語で読む『不思議の国のアリス』

こちらは、動画「英語で読む 不思議の国のアリス 第1章」の製作者によるブログです。動画内容に関する補足説明、参考図書の紹介や引用が主な内容です。

動画では、ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』を原文で少しずつ読んでいきます。構成は以下のようになっています。

1.はじめに 2.原文を読んでみる 3.カタマリごとに意味をつかむ 4.文構造・表現を確認する 5.左から右に読む練習をする 6.もう一度原文を読む

製作にあたって参考にした書籍・辞書の中で主なものを挙げておきます(より詳細なリストは最終回に掲載する予定です)。

参考図書リスト
1.“Alice’s Adventures in Wonderland and Through the looking-Glass” Lewis Carroll  (OUP)
2.『不思議の国のアリス』 ルイス・キャロル 河合祥一郎訳 (角川文庫)
3.『対訳・注解 不思議の国のアリス』 ルイス・キャロル 安井泉訳・注 (研究社)
4.『「不思議の国のアリス」を英語で読む』 別宮貞徳 (ちくま学芸文庫)
5.『詳注アリス 完全決定版』 マーティン・ガードナー ルイス・キャロル マーク・バースタイン 高山宏訳 (亜紀書房)

辞書と略号
6.『ジーニアス英和辞典 第5版』(大修館書店) →[ジーニアス]
7.『ウィズダム英和辞典 第4版』(三省堂) →[ウィズダム]

8.『オーレックス英和辞典 第2版』(旺文社) →[オーレックス]
9.Longman Dictionary of Contemporary English 5th ed. (Longman) →[LDOCE]
10.Oxford Advanced Learner’s Dictionary 8th ed. (OUP) →[OALD]

以降、『アリス』から引用した英文(1)には「本文」という印を、辞書から引用した英文(6~10)には上記の「略号」をつけることにします。

今後のブログには、「動画へのリンク、文法・語法等についてのメモ、次回の動画で扱う英文」を掲載していきます。「メモ」が発展的な内容の場合は【発展】という印をつけています(難しいと感じたら読み飛ばしてもかまいません)。また、英文の解釈、文法・語法の解説について動画製作者がはっきりと断言できないような内容を含む「メモ」については【△】の印をつけています。

動画に関して、先にいくつか断っておきます。動画内で、英文を意味の「カタマリ」で区切っていますが、あくまで、一つの例と考えてください。正しい唯一の区切り方があるわけではありません。また、各回の最後で「訳例」を示していますが、これは日本語としての読みやすさを優先しています。そのため解説部分で示した訳語から変更している箇所があります。

最後に、第1回の英文を掲載しておきます。

英語で読む 不思議の国のアリス 第1章 第1回

Alice was beginning to get very tired of sitting by her sister on the bank, and of having nothing to do: once or twice she had peeped into the book her sister was reading, but it had no pictures or conversations in it, ‘and what is the use of a book,’ thought Alice, ‘without pictures or conversations?’

英語で読む『不思議の国のアリス』第1章 第18回

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今回の英文(第18回)
Down, down, down. There was nothing else to do, so Alice soon began talking again. ‘Dinah’ll miss me very much to-night, I should think!’ (Dinah was the cat.)

次回の英文(第19回)
‘I hope they’ll remember her saucer of milk at tea-time. Dinah, my dear! I wish you were down here with me! There are no mice in the air, I’m afraid, but you might catch a bat, and that’s very like a mouse, you know. But do cats eat bats, I wonder?’

メモ① the

ここでは、the の使い方について見ていきます。最初に、学習参考書の記述を確認しておきましょう。ある本では、定冠詞(=the)の基本的用法として以下の5つを挙げています。

(1)前に1度出た名詞に2度目からつける。
(2)文脈やその場の状況からそれとわかる名詞につける。
(3)常識的にただ1つしかないものにつける。
(4)修飾語句がついて特定のものに限定されている名詞につける。
(5)〈the+固有名詞〉
綿貫陽 マーク・ピーターセン 『表現のための実践ロイヤル英文法』 旺文社 2006 pp.371-372 をもとに作成

このように、「基本」とされる用法だけでもかなりの数があります。しかし、同じ “the” という語を用いているわけですから、何か共通点がありそうです。

the の機能に関する文献は数多くあるが、そのほとんどは「定性」について論じたものである。英語の定性に関するこれまでの標準的な見解は、(ⅰ)聞き手の知っていること、(ⅱ)先行文脈から引き継いできたことに関する話し手の査定、すなわち、聞き手にそれとわかるかどうかという判断によってtheの有無が決まるというものである。言い換えると、theにはいろいろ用法があるが、すべての前提として「あなたにはどれかわかると思う」(I assume you know which one.)という話し手の判断がある。 
安武知子 『コミュニケーションの英語学』  開拓社 2016 kindle版 第5章4 下線は引用者

“the” の使い方についてまず押さえるべきポイントは、 the の使用の際、「『あなた(=聞き手)にどれかわかると思う』という話し手の判断」があるという点です。
では、そのことをふまえて『アリス』本文に戻りましょう。 “the cat” に注目してください。

本文:‘Dinah’ll miss me very much to-night, I should think!’ (Dinah was the cat.)

この場面以前に「猫(cat)」は登場していませんので、すでに話題に出た cat を表して “the cat” となっているわけではありません。ここでは、書き手が文脈・状況から「どの猫なのかあなた(=読み手・聞き手)にわかる」と判断したため “the cat” を用いていると考えられます。

文脈を確認しましょう。「ダイナ(Dinah)は、今夜わたし(=アリス)がいなくて寂しく思う」ということから、「ダイナ」とはアリスの家にいる存在者である予測できます(この段階では、読み手はふつう、ダイナのことを「人」だと考えるでしょう)。この後に 「ダイナは cat」という情報が加えられています。読み手は、「ああ、ダイナというのは猫なのね」と思い、さらに「どの猫か?」といえば、「アリスの(家で)飼っている猫」だと考えることでしょう。そのため、ここでは the が用いられていると思われます。

英語で読む『不思議の国のアリス』第1章 第17回

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今回の英文(第17回)
‘And what an ignorant little girl she’ll think me for asking! No, it’ll never do to ask: perhaps I shall see it written up somewhere.’

次回の英文(第18回)
Down, down, down. There was nothing else to do, so Alice soon began talking again. ‘Dinah’ll miss me very much to-night, I should think!’ (Dinah was the cat.)

メモ① see

ここでは、see について見ていきます。
まずは、復習です。

□ see A -ed形 「Aが~されるのを見る[されるのが見える]」

本文:perhaps I shall see it written up somewhere.
訳例①(ひょっとすると、それがどこかに書かれているのを目にするかもしれない)

it は「(地球を突き抜けた先の)国の名前」で、 see の後の “it + written up” は受身の「状態」を示していると考えられます。write up A [A up]は、「(人が見えるように)Aを書く、Aを書いて掲示する」という意味なので、「それが書かれている[掲示してある]のを目にする」という意味になります。

では、今回の本題である see について見ていきましょう。
英語の「知覚」を示す表現(例:see ~)は、日本語の「存在」を示す表現に相当する場合があります。
次の例を見てください。英文の動詞は、find/found や see/saw ですが、日本語訳は「ある」や「いる」となっています。

a. I found it. 
あったぞ。

b. You will see a panda if you go to the zoo.
動物園にいけばパンダがいるよ。

c. Then I saw a big lady standing there. 
太ったおばさんがいたの。

d. You find koalas in Australia.
コアラはオーストラリアにいる

『アフォーダンスの認知意味論』 本田啓 東京大学出版会 pp.148-149  (引用に当たり注などは削除)

先ほどの本文該当箇所でも see が用いられていますが、「見える/見る」とするよりも、すこし工夫して訳したほうがよさそうです。
動画の「訳例」では、以下のようにしました。

本文:perhaps I shall see it written up somewhere.
訳例②(ひょっとするとどこかに、書いてあるかもしれない)

英語で読む『不思議の国のアリス』第1章 第16回

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次回英文(第17回)
‘And what an ignorant little girl she’ll think me for asking! No, it’ll never do to ask: perhaps I shall see it written up somewhere.’

メモ① curtsy, curtsey

curtsy [または curtsey] は単に「おじぎをする」という日本語に置き換えると正確に意味するものが伝わらないので、ある程度説明的に訳す必要があるでしょう。辞書を見ておきましょう。

[LDOCE] curtsy, curtsey (verb)
if a woman curtsies, she bends her knees with one foot in front of the other as a sign of respect for an important person

どの程度説明するかは悩ましい問題ですが、少なくとも「ひざを曲げる」という情報は入れておいた方がよさそうです。落下しながら “curtsy” をしようとするアリスのイメージが、読み手の頭に浮かぶようにしたいところです。

英語で読む『不思議の国のアリス』第1章 第15回

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次回英文(第16回)
‘—but I shall have to ask them what the name of the country is, you know. Please, Ma’am, is this New Zealand? Or Australia?’ (and she tried to curtsey as she spoke—fancy curtseying as you’re falling through the air! Do you think you could manage it?)

メモ① antipathies あるいは antipodes

動画内で説明した通り、アリスが口にした “antipathies(反感)” という語は “antipodes(対蹠地/対蹠地住人)” の言い間違えであると考えられます。動画内の訳例では「アンティパシーズ」とカタカナでにしていますが、訳書では各訳者がいろいろと工夫しています。実際にいくつか見てみましょう。なお、引用文のルビはカッコ、傍点は下線で代用しています。

[原文]The antipathies, I think—’ (she was rather glad there was no one listening, this time, as it didn’t sound at all the right word)

対庶民(たいしょみん)とか言うんだっけ――」(今度ばかりはだれも聞いてなくてほっとしました。だって、この言葉、すっかりまちがっていておかしいような気がしたんです。) 
河合祥一郎訳(角川文庫)

退席地(たいせきち)っていったかしら――」(今度は誰も聞いていないのでむしろほっとして、というのもこの言葉はどうも正しくなさそうだった) 
柳瀬尚紀訳(ちくま文庫)

たしかツイセキチュウとかいうのよね――」(ヒヤヒヤ、こんどばかりはだれにも聞かれないでよかった。このことばはどうみても怪しげだもの。地球の正反対側のことなら対蹠地(たいせきち)じゃないか) 
矢川澄子訳(新潮文庫)

たいきょくけんっていうのよね、たしか――」(今回はだれもきいていなくてよかったとおもいました。言ってはみたものの、なんかぜんぜん、それらしく聞こえなかったから) 
柴田元幸訳(『ユリイカ』2015年3月臨時増刊号)

反対人(はんたいじん)っていったとおもうけど――」(こんどはだれも聞いていなくてアリスはほっとしました。少しちがっているような気がしたからです。ほんとうは、反対人ではなくて対蹠人(たいせきじん)というのです) 
高橋康成・迪訳(河出文庫)

アリスの「言い間違い」であることを訳書の読者に伝えつつ、本来言いたかったであろうことばを連想/理解させるのはなかなか難しいですね。翻訳者がどのような意図で訳語を選択したのかを考えてみるのも面白いと思います。

なお、「対蹠人」というものが中世ヨーロッパにおいてどのような存在であったかのかについては、以下が参考になります。

「対蹠点」とは自らの存在する地表上の場所から丸い地球の中心を通って反対側に突き抜けたところの地表点を指す。その場所にいる「対蹠人」はラテン語ではアンティポデス(antipodes)といい、これを文字通りに訳すと、「足を反対にむける者」という意味になる。大地の裏側に立って、表側の人間に足を向ける者の謂いである。しかしながら、ヨーロッパの中世では、この「対蹠人」の存在を考えることは異端とされた。例えば、745年頃、ザルツブルクの司教フィルギールは、マインツの大司教ボニファティウスによって異端の疑いありと宣告されたが、それはほかでもなく、フィルギールが対蹠人の存在を信じたためだったという。
なぜ異端の烙印を押されようとしたのか。それというのも「対蹠人」の存在は、地球がいかなる姿をしているのか、そしてその地球はどのような場所にあるのか、という宇宙論とそもそも関係のあることだったからである。3世紀末から4世紀初頭にかけて活躍したキリスト教の神学者であるラクタンティウスは、地球が球形ではありえず、平坦であるという前提のもとに対蹠人などは存在しないとした。平坦な地面の裏側に足を反対向きにして立つ人間などは存在しようがないというのである。4世紀初頭のこの考え方は、その後も影響を保ち続けた。
坂本貴志 『〈世界知〉の劇場』 ぷねうま舎 2021 pp.13-14

英語で読む『不思議の国のアリス』第1章 第14回

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次回英文(第15回)
Presently she began again. ‘I wonder if I shall fall right through the earth! How funny it’ll seem to come out among the people that walk with their heads downwards! The antipathies, I think—’ (she was rather glad there was no one listening, this time, as it didn’t sound at all the right word)

メモ① haveの使い方

「所有(~を持っている)」を表す動詞 have は、英単語の中でも最も基礎的なもの(かつ重要なもの)の1つですが、「否定文・疑問文」の作り方には注意が必要です。

[否定文]
(a) I do not [don’t] have any money.
(b) I have not got any money.
(c) I have not any money.

(b), (c)型とも縮約形haven’tがふつう

[疑問文]
(a) Do you have any money?
(b) Have you got any money?
(c) Have you any money?

(a)型はもとは〈米〉だが、今では〈英〉でもふつう。(b)型は〈主に英略式〉であるが、〈米略式〉でも用いる。(c)型は〈英正式〉だが、今ではややまれ。特に過去時制ではこの傾向が強い。
[ジーニアス](一部の表記略)

英語学習者としてまず身につけるべきなのは (a) の型です(否定文・疑問文を作るのに do [does, did] を用いる)。ただし、(b) や (c) の型もあるということも知っておきましょう。今回の「アリス」本文では、(c) の型の「否定文」が用いられていました。

本文:Alice had not the slightest idea ~
(アリスは~少しもわからなかった)

英語で読む『不思議の国のアリス』第1章 第13回

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次回英文(第14回)
Presently she began again. ‘I wonder if I shall fall right through the earth! How funny it’ll seem to come out among the people that walk with their heads downwards! The antipathies, I think—’ (she was rather glad there was no one listening, this time, as it didn’t sound at all the right word)

メモ① several things of this sort

ここでは、“A of B”の使い方について見ていきます。本文の該当箇所はこちらです。

本文:Alice had learnt several things of this sort ~

“A of B” は通常、「AのB」ではなく、「BのA」という意味になります(例:the roof of the house「家の屋根」)。英語と日本語でA・Bの順番が逆になります(A of B/BのA)。上記の、“several things of this sort”も原則通り、「この種のいくつかのこと」という意味になります。では、以上をふまえて “sort(種類)” を辞書で引いてみましょう。

「この種の本」 this sort of books = books of this sort
[ジーニアス]

注目したいのは、 “this sort of books(この種の)” という言い方です。上で述べたように、 “A of B” は原則として、「BのA」という意味で、 “A” が「中心」で、 “of B” は「説明(≒~の)」の働きをするカタマリになります。しかし、 “this sort of books(この種の本)” では、Bにあたるbooksの方が「中心」になり、this sort of(この種の~)が「説明」の働きをしています。このように、 A of Bという型は、例外的にBが「中心」となる場合があるので注意が必要です。例をいくつかあげておきます。

1. an angel of a child (天使のようなかわいらしい子供
2. a bit of fun (ちょっとした楽しみ
3. an abundance of natural resources (豊富な天然資源
4. a lot of books (多くの
5. a piece of paper (1枚の
6. hundreds of people (数百人の人々
1~2=リーダーズ英和辞典 3=ジーニアス英和大辞典 4~6=オーレックス英和辞典 (下線は引用者)

なお、『英語の語法研究・十章』(渡辺登士 大修館書店)の第5章(N2が主要語となる ‘N1 of N2’ 連語)には、上記のようなパターンの例が多く掲載されていて勉強になります。

メモ② school

ここでは、schoolという語に注目して、『アリス』(1865年刊)の書かれた時代の英国について見ていきます。「子供が学校(school)で学ぶ」ということは、現代日本の視点からは当たり前のことですが、『アリス』の時代の英国ではどうだったのでしょうか?
英国において初等教育の義務化がなされたのは、『アリス』出版の数年後、1870年のことです(第1次グラッドストン内閣で初等教育法が制定)。それ以前の状況については以下が参考になります。

なおここで、民衆の初等教育について触れておくと、イギリスでは17世紀の末葉来、被支配階級の民衆を対象とする初等教育が宗教団体によるヴォランタリな慈善事業として行われてきた。この慈善事業としての初等教育は、19世紀にはいって1811年に国教会系の国民協会(National Society)が、1814年に非国教会系の内外学校協会(British and Foreign School Society)が結成されて以降よりいっそう国民のあいだにひろがり、1858年には、国教会系の学校がイギリス全体で約2万校あって200万人の児童を、また非国教会系の学校が約3000校あって36万人の児童を、それぞれ教育するまでになった。今のべた1870年の初等教育法は、これらの宗教団体の経営する学校がない地区に公費による初等教育学校の設立を定めたもので、その意味でイギリスにおいて現代的な公教育(=義務教育の実現)をスタートさせた画期的な法律であった。
村岡健次 『近代イギリスの社会と文化』 ミネルヴァ書房 2002 p.63

このように、『アリス』の時代(初等教育法制定以前)においても、かなりの数の子供が学校で教育を受けていたわけです。物語内の少女アリスのように、学校で学んだことを(得意気に)語る子供は、実際に多くいたのではないかと思われます。
ただし、当時の子供たちが置かれていた状況は現在とは異なっていました。

もっとも、労働者独自の教育運動、あるいは、中産階級が宗教的慈善としておこなってきた教育には自ずと限界がある。一言で言うと、それは、民衆教育が労働との両立を前提としていたことである。(中略)労働者の家庭で家計収入の実質的な戦力であった10歳前後の子どもたちを学校に縛りつけておくことなど土台無理な事であった。実際、子どもたちの大半が、家事や子守、工場労働の合間を縫うように、つかのま教室に顔をのぞかせていたにすぎない。それゆえに、仕事や病気、あげくの果てには学校に着ていく洋服がないとの理由で、多くのこどもたちが就学を中断せざるをえなかった。
井野瀬久美惠 『子供たちの大英帝国』 中央公論社 1992 pp.115-116 (ただし傍点を下線に変更)

英語で読む『不思議の国のアリス』第1章 第12回

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次回英文(第13回)
(for, you see, Alice had learnt several things of this sort in her lessons in the school-room, and though this was not a very good opportunity for showing off her knowledge, as there was no one to listen to her, still it was good practice to say it over) 次回に続く

メモ①【発展】【△】 話法

ここでは、ある人の言ったことばを伝達する方法について見ていきます。「話法」という文法用語は耳にしたことがあるかもしれません。

narration (話法) 
他人や自分が言ったことばや考えを、時・場所を変えて他人に伝達する方法をいう。ほかにspeech、discourseなどともいう。他人のことばをそのまま伝える方法を直接話法(direct narration)といい、他人の言ったことの趣旨を自分のことばに置き換えて間接的に伝える方法を間接話法(indirect narration)という。また、直接話法と間接話法の中間的なものとして両者が混合した混合話法(mixed narration)がある。そのうち、被伝達部だけが独立しているものを特に描出話法(represented speech)と呼び、現代の小説・物語などに用いられることが多い。
寺澤芳雄(編) 『英語学要語辞典』 研究社 2002 p.425

では、実際に英文を見てみましょう。(1)では「直接話法」、(2)では「間接話法」が用いられています。

(1) Jeanie said, “I don’t want to meet him.”
(2) Jeanie said that she didn’t want to meet him.
[ウィズダム]

直接話法では、「発言」が「引用符(quotation marks)」で囲まれます。「引用符」として一般に、アメリカ英語では “ ”、イギリス英語では ‘ ’ が用いられます(ただし、書き手による個人差があります)。

今回注目するのは、先ほどの引用でも言及されていた、「直接話法」とも「間接話法」とも異なる「話法」についてです。ひょっとするとこのタイプの話法については、初耳であるという方もいるかもしれません。以下の英文はある学習参考書のものです。

(3) She was confused. She asked him, “What can I do?” [直接話法]
(彼女は混乱していた。彼に「私には何ができるのでしょう」と尋ねた)
(4) She was confused. She asked him what she could do. [間接話法]
(彼女は混乱していた。自分には何ができるのかを彼に尋ねた)
(5) She was confused. What could she do? [描出話法] 
(彼女は混乱していた。自分には何ができるのか、と)
綿貫陽 マーク・ピーターセン 『表現のための実践ロイヤル英文法』 旺文社 2006 p.516 (英文の番号・下線は引用者)

「直接話法」を用いた(3)では発言者である “she” のことばがそのままの形で示されています(=What can I do?)。一方、「間接話法」を用いた(4)では伝達者の立場から変更が加えられています(I → she)。さらに、語順は she could do(主語+述語動詞)となり、asked(過去形)に合わせてcan → couldと過去形に変更されています(=what she could do)。

では、今回のポイントである(5)の特徴を見ていきましょう。(3)、(4)とは異なり、ask(ed)のような広い意味での「伝える・言う」タイプの動詞なしで、疑問文が用いられています。また、(3)とは違って I → she、can → could と変更が加えられています。さらに、(4)とも異なり、could she doと疑問文の語順になっています(=What could she do?)。このような話法は「描出話法」や「自由間接話法」と呼ばれます(以下では「自由間接話法」という用語を用います)。

この「自由間接話法」には、特有の「難しさ」があるのですが、以下でわかりやすく説明されています。

ともに伝達動詞を持つ点では直接話法と間接話法とが近く、それを持たない自由間接話法だけが異質です。その結果として、直接話法も間接話法も、人の言葉を伝えていることがはっきりとわかるのにたいし、自由間接話法は地の文との区別がつきづらい。また、発話された言葉を伝えているのか、発話されなかった内心の言葉を伝えているのかも、自由間接話法の場合は見きわめにくいことがある
地の文なのか自由間接話法なのか、自由間接話法だとして発話なのか内的独白なのか、これを判断するのは丹治愛氏の言葉を借りれば「翻訳者にとって苦しみにみちた義務であるとともに、このうえない楽しみにみちた特権でもある」(集英社文庫『ダロウェイ夫人』の「文庫版あとがき」)。
真野泰 『英語のしくみと訳し方』 研究社 2010 p.193 (下線は引用者)

つまり、文章中のことばが「語り手のことば」なのか、「登場人物の声に出したことば」なのか、あるいは「登場人物の心の中のことば」なのかを、読み手が判別するのが難しい場合があるということです。
では、以上をふまえて『アリス』に戻りましょう。動画では第11回、第12回に当たる部分です(下線は引用者)。

本文:‘Well!’ thought Alice to herself. (中略) (Which was very likely true.) Down, down, down. Would the fall never come to an end? ‘I wonder how many miles I’ve fallen by this time?’ she said aloud.

考えたいのは下線を引いた部分です。この “Would the fall never come to an end?” ですが、「地の文」と取れば、「語り手のことば」となります。一方、ここを「自由間接話法」として取って「アリスのことば」とみることもできるかもしれません。
私(動画製作者)は、Would the fall never come to an end? がアリスの心の中の声(自由間接話法)で、続く ‘I wonder ~’ の部分が実際に出した声であると読みました。それが正しい読みであるのかどうかわかりません(そもそも正誤が決定可能なのかわかりませんが)。

なお、上記引用の最後にある “aloud(声に出して)” には注意すべき使い方があります。

aloud[語法] 
小説などでは登場人物の心の中にある本音と口に出して発言する建前がaloudを用いて対比されることがある: My boss showed me a painting done by his son. I thought, “How terrible!” but aloud I said, “He is a good painter.” 上司に息子の描いた絵を見せられた時、「なんて下手な絵なんだ」と思ったが、口に出した言葉は「絵がお上手なんですね」だった。
[ジーニアス]

最後に、今回問題にした箇所について、2つの翻訳を比較してみます。角川文庫の旧訳(福島訳)と新訳(河合訳)です(下線は引用者)。

下へ――下へ――下へ。いったい、どこまで落ちたら止まるのか。「もう、何キロぐらい落ちてきたかしら?」と、アリスは口に出していいました。 福島正実訳 

ひゅーんと下へ、どこまでも。これって終わりがないのかしら? 「もう何キロぐらい落ちたかしら」とアリスは声に出して言ってみました。 河合祥一郎訳

該当箇所を比較すると、福島訳は、「地の文」として扱っているように読めます。河合訳については、断言はできませんが、アリスのことばとして、つまり「自由間接話法」と取っているように思えます。

 

英語で読む『不思議の国のアリス』第1章 第11回

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次回英文(第12回)
Down, down, down. Would the fall never come to an end? ‘I wonder how many miles I’ve fallen by this time?’ she said aloud. ‘I must be getting somewhere near the centre of the earth. Let me see: that would be four thousand miles down, I think—’  次回に続く

メモ① they の使い方

theyは基本的に、すでに話題に出た「複数の人・物・事」の代わりに用いられます(「私たち(we)」「あなたたち(you)」は除く)。その基本用法を押さえたうえで、次のような使い方にも注意しましょう。

(1)they が話題に出た「単数形」の名詞を指す場合

brother(兄、弟)には「男性」、sister(姉、妹)には「女性」という性別に関する情報が含まれます。そのため対応する代名詞はそれぞれ、brother → he/his/him、sister → she/her/herとなります。一方、person, everybody, somebody などの名詞は、それ自体には性別の情報が含まれません。このタイプの名詞(単数)に対して、they/their/them が用いられることがあります。この場合、theyが「複数名詞」を指すという原則に反して、「単数名詞」を指すことになるので注意が必要です。上記のような名詞の代わりとして he or she, she or he などが用いられることもありますが、they が用いられることが多くなっているようです。

(2)they が「人々」を意味する場合。

theyが「人々」の意味で用いられることがあります。一般に「人々」を表す場合もあれば、「ある地域・場所・組織などの人々」を表す場合もあります。

本文:How brave they’ll all think me at home!

この they が指すものを、本文の前にある箇所から探しても見つかりません。ここでは「人々」という意味で they が用いられています。また、at home とあることから、ここでは一般的な「人々」ではなく、「アリスの家の人たち」を指していると考えられます。

メモ② it の使い方

it の基本的な使い方は、すでに話題に出た(前にある)単数名詞を指すのに用いるというものです。ただし、「後にあるもの」を指す場合もあります。

it [後に述べるものを先取りして、またこれから述べることを指して] これを、それは
1. I hate to say it, but he is not the right man for the job.
(こんなことは言いたくないですが、彼はその仕事の適任者ではありません)
2. If you find it in the room, bring me the new stapler.
(部屋で見つけたら、あの新しいホッチキスを持ってきてくれ)
[ジーニアス] (番号、下線は引用者)

1の it は but 以下の内容を指しています。また、2の it は the new stapler(あの新しいホッチキス)を指しています。いずれも「後」にあるものを指していることを確認してください。

では、『アリス』本文に戻りましょう。

本文:I wouldn’t say anything about it, even if I fell off the top of the house!

ここでは用いられている it は、「前」にあるものを指すのではなく、「後」の even if に続く内容を指しています(=家のてっぺん[屋根]からの落下)。

メモ③ 動詞の「過去形」

動画内で説明したように、英語の動詞「過去形」には、文字通りに「過去」を示すものだけでなく、「非現実(性)」を示すものがあるので注意が必要です。この過去形の2つの使い方は、remoteness(遠隔性)というキーワードで統一的に説明されることが多いようです。

過去とは、現在から見たら「遠ざかった世界」であるわけだが、仮定は現実から見て「遠い世界」であり、両者は意識の上で結びついても不思議はない。二つを合わせて考えると、英語の過去形は「隔たり」や「遠さ」(remoteness)を表すもので、まとめて、「遠く隔てられた世界」を表すという見方ができる。すなわち、過去は現在から時間的に遠く、仮想世界は現実から遠い。
溝越彰 『時間と言語を考える』 開拓社 2016 p.103

メモ④ 「語り手」のコメント

動画内で説明した通り、 “Which was very likely true.” の部分は直前のアリスの発言(「たとえ屋根の上から落ちたって、何も言わない」)に対する「語り手」のコメントです。「そんな高いところから落ちたら、死んでしまって口もきけないでしょう」という語り手によるツッコミになっています。この箇所につけられた『詳注アリス』(マーティン・ガードナー)の注を見ておきましょう。

ウィリアム・エンプソンは著書『牧歌の緒変奏』中のルイス・キャロル論で、これが『アリス』物語に出てくる死主題のジョークの第1号であると指摘している。このあと、続々とでてくる。
マーティン・ガードナー ルイス・キャロル マーク・バースタイン 高山宏訳 『詳注アリス』 亜紀書房 2019 p.67

英語で読む『不思議の国のアリス』第1章 第10回

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次回英文(第11回)
‘Well!’ thought Alice to herself. ‘After such a fall as this, I shall think nothing of tumbling down-stairs! How brave they’ll all think me at home! Why, I wouldn’t say anything about it, even if I fell off the top of the house!’ (Which was very likely true.)

メモ① jarとbottle

今回 “jar” という語が登場しました。後の回では “bottle” という語が登場します。どちらも「びん」と訳すことがある語ですが、意味の違いはあるのでしょうか? 辞書を引いてみましょう。

① OALD
[jar] a round glass container, with a lid (= cover), used for storing food, especially jam, honey, etc.

[bottle] a glass or plastic container, usually round with straight sides and a narrow neck, used especially for storing liquids

② LDOCE
[jar] a glass container with a wide top and a lid, used for storing food such as jam or honey, or the amount it contains

[bottle] a container with a narrow top for keeping liquids in, usually made of plastic or glass

ジャム、ハチミツなどを入れる「(広口の)びん」が “jar” で、液体を入れる「(くびのある)びん」が “bottle” とみておけばよさそうです。今回登場した「びん」は、「オレンジマーマレード」用なので “jar” がぴったりなわけです。

メモ② 【発展】ラベルが貼られた空のびん

[本文] it was labeled ‘ORANGE MARMALADE,’ but to her great disappointment it was empty:
(ビンには『オレンジ・マーマレード』というラベルがはってありました。でも、がっかりです。中はからっぽでした)

この場面について、『アリス』の訳者でもある高橋康也は次のような解釈をしています。

オレンジ・マーマレードの入っていない瓶に貼られたオレンジ・マーマレードという札――言いかえれば、実体のない名称、ものによって裏付けられない言葉、意味されるものを欠いた意味するもの。そう、私の見当をありていに言ってしまえば、このエピソードは、アリスがこれから落ちてゆく先が何よりも言語的変調ないし異変の世界であることを、端的に予告するものにほかならないのだ。アリスが「がっかりした」のは必ずしもマーマレードを舐めたかったからではない。言葉がものによって裏づけられ、意味するものが意味されるものを伴っている(と信じられている)「地上」の日常世界の住人として、当然の言語的期待が満たされなかったから、「がっかりした」のだ。
高橋康也 『ノンセンス大全』 晶文社 1977 p.91 (強調原文。ただし傍点を下線に変更)

英語で読む『不思議の国のアリス』第1章 第9回

ニコニコ動画版

次回英文(第10回)
She took down a jar from one of the shelves as she passed: it was labeled ‘ORANGE MARMALADE,’ but to her great disappointment it was empty: she did not like to drop the jar, for fear of killing somebody underneath, so managed to put it into one of the cupboards as she fell past it.

メモ① hung upon pegs

「地図や絵が釘に掛けられている」と聞くと、どこに「引っ掛ける部分」があるのかと疑問に思うかもしれません。これは、(額に)紐をつけて掛け釘に引っ掛けているものと考えられます。

『アリス』には、ジョン・テニエルによる挿絵の他にも、多くの挿絵が存在し、この「うさぎ穴落下シーン」も描かれています。そこでは、地図や絵が紐で釘に掛けられています。
(参考)
ハリー・ファーニス(画) (マーティン・ガードナー ルイス・キャロル 高山宏訳 『詳注アリス 完全決定版』 亜紀書房 p.66)
ブランチ・マクマナス(画) (『ユリイカ 4月号 特集 ルイス・キャロル』 青土社 1992 p.125)
ウィリー・ポガニー(画) (同上)

メモ② 【発展】【△】make out what she was coming to

ここでは、“make out what she was coming to” という表現について考えていきます。

本文:First, she tried to look down and make out what she was coming to, but it was too dark to see anything:

最初に、① make out と ② come to という表現について確認しておきます。

① make out [Collins COBUILD]
(a) If you make something out, you manage with difficulty to see or hear it.
(b) If you try to make something out, you try to understand it or decide whether or not it is true.

② come to
(a) ~に来る、(聞き手の方)に行く (b) ~に着く (c) 〈事・状態・事態〉になる

例文b. Go straight until you come to a crossroads.
(交差点に行き着くまでまっすぐ行きなさい)[ジーニアス]
例文c. We worry about what this country is coming to.
(この国がどうなるか心配だ)[ジーニアス]

以下では、解釈(A)=①a+②b、解釈(B)=①b+②cという2つの読みを見ていきます。

解釈(A) ①make out=(a) “manage to see” + ②come to=(b) 「~に着く」

この解釈では、 “tried to make out what she was coming to” は「彼女[自分]がどこに着くのかを見よう[見きわめよう]とした」という意味になります。

なお、whatの意味は「何」ですが、場所(名詞)を問う場合、対応する日本語は「どこ」になります。

What’s the capital of Canada?
(カナダの首都はどこですか) [ウィズダム]

解釈(B) ①make out=(b) “understand” + ②come to=(c) 「〈事・状態・事態〉になる」

この解釈では、“tried to make out what she was coming to” は「彼女[自分]がどうなるのか理解しようとした」という意味になります。

動画内の訳例は解釈(A)に基づいています。ただし、『アリス』の作者は、解釈(B)の意味も含ませて、この表現を用いているかもしれません。

この箇所について、訳書を見ておきましょう(下線は引用者によるものです)。

1.まず下のほうを見て、落ちていくさきを見さだめようとしましたが、暗すぎてなにも見えません。
高橋康也・迪訳 (河出文庫)

2.まずは下を見て、これからどうなるか知ろうとしましたが、暗くて何も見えません。
芦田川祐子訳 (集英社文庫ヘリテージシリーズ)

1は解釈(A)、2は解釈(B)となっています。なお、全ての訳書を確認したわけではないのですが、大半が解釈(A)でこの箇所を読んでいるようです。